2024年振り返り(プライベート編)
目次
プライベート編、難しかったのですが、本当にメモ程度だけど、自分の中で大きくトピックがある「体を鍛えること」「古生物学」「仲間、友だち」の 3 つに分けて書きました。
前回の振り返りは「敬体(ですます調)」なのだけど、書いているうちに「常体(だである調)」になってしまったので本文は常体で統一しました。ご了承を。
プライベート
体を鍛えること

出来事振り返り
もともと体を動かすこと自体は好きなのと、何も運動をしていないと体が腐っていくことを実感していたため、社内で皇居ランしたり、同僚の人とプライベートでランニングしたりしていたが、趣味といえるほどの頻度では走れていなかった。
2024 年 4 月には、相当近い親戚が相次いで亡くなり葬式に複数回参加し、その時に久しぶりに会った親戚から「太った?」と言われたことがきっかけで「やばい、運動しないと」と思い始めた。
ちょうど仕事も辞めていてプライベートの時間もあったこと、親戚から MONSTER HUNTER NOW を勧められてめっちゃランク上げたところ見せよう、というモチベから散歩をすることにした。
毎日外に出てモンスター狩るのが楽しく、1 日大体平均で 13km くらい歩いていた。1 ヶ月でランク 100 に到達するほど散歩にのめり込んだ。
時には友だちと 1 日かけて水道橋〜吉祥寺往復走破(45km)したり、大江戸線一周走破(35km)したり、散歩の範囲も広がっていった。
そんなときに社内で横浜マラソンのエントリーが盛り上がっており、せっかくならエントリーしてみよう、フルマラソン完走というやろうと思わないチャレンジをしてみよう、とランニングにも手を出した。
出ると決めてからはシューズ、ランニングウェア、靴下を購入、家の周りでコースを見つけ 5km〜10km を週 1 程度で走るようになった。
7 月以降は暑すぎたことと、仕事が本格的に始まったこともあってなかなか走れず、ランニングの頻度は下がった。それでもたまにジムのトレッドミルでランは続けた。
出ると決めた、チャレンジすると決めたのにサボる自分がなんかかっこ悪くて最低限の頑張りはしたけどどこかめんどくさがっている自分がいた。
涼しくもなってきた 9 月、会社を休んでいて時間もあったこと、9 月末にはハーフマラソンも控えていたこともあり、さすがに始めないとと思い週 2 ほどでランニングを再開。
と、同時に、パーソナルトレーニングも始めた。ジムに契約していたものの筋肉の付き方が昔と変わっていてなかなかつきにくくなっていたこと、習慣化できなかったこと、メンタル面も含めたコーチングができるトレーナーが友人にいたこと、あたりでパーソナルトレーニングを始めようと思った。
パーソナルトレーニングでは、自分の身体の動かし方不器用さを実感した。今まで全然筋肉が使えていなかった。球技やダンスが全くできない、体幹やバランス感覚が全然ないのはそういうことだったんだ、と納得した。ランニングのフォームも修正してもらって本当に疲れにくくなった。
10 月には筋肉の使い方も覚えてきて、だんだんと日々のトレーニングの成果も上がってた。筋肉もだんだんと厚みがではじめ、ランニングも相まって体重も体脂肪率も落ちてきた。ランニングも週 2-3 のペースで続けた。ハーフマラソンを走りきった自信もあり、10km のペースは早くなっていった。
10 月中頃以降は毎日ランニングをするようになった。ほんとに毎日。その期間はぐんぐん肺活量が成長したし適応できるペースも早くなっていきた。
同時に 12 月のハーフマラソンに申し込み、色んな人を誘った。結局自分発信で 4 界隈、計 11 人もの友人が一緒に走ることとなった(すごい)。中にはランニングなんていつぶりだよ。みたいな人もノリで申し込んでくれた。ランニング仲間が一気に増えた瞬間だった。
10 月末のフルマラソンは見事に目標を達成したが、そのあとも毎日走り続けた。
右足に違和感がでてきたので休憩期間を挟んでみたものの痛みは消えず、なんなら悪化していた。病院に行くと疲労骨折していることが判明。しばらく走れなくなることが確定した。
12 月は一回も走ることなく、みんなと走りたいという気持ちでハーフマラソンのみ出場した。結果は惨敗。まあ走ってないから、そうなんだけど…。
怪我はしたけどパーソナルトレーニングの方は順調にベンチプレスの重量が上がっているし身体の厚みも出てきていい感じ。
来年の身体の変貌、マラソンの記録がまた楽しみ。
成果が出続けているのは楽しいが、無理はしてはいけない。自分の身体の悲鳴は大事に。
10 月半ばから毎日走っているとき、本当に成長した。成長率が今までに比べて段違いだった。
けれど、ランナーズハイになりすぎて自分の脚の限界を見て見ぬ振りをしていた。いや、見ていたけど無視していた。
結果として疲労骨折という最悪の結果になり、12 月は全く走れなかった上に、記録も出せなかった。元も子もない。
なのに 12 月もハーフマラソン出てしまっている。学ばないね。でも楽しいからしょうがないか。疲労骨折は自分の中でまだまだ失敗だと思っていないのかもしれない。
無理してはいけない、ってここで書いてるのにまだ無理してるね。バカだ。
自分の身体を鍛えることは自己肯定感に繋がる。打たれ強くなる。
もちろん、自分の身体が仕上がってくるとそれをみてナルシズムが上がるという意味で自己肯定感が上がる場合もある。が、自分としては自己肯定感が下がりづらくなるのでは?と思っている。
今までは仕事のスキル一辺倒だったので、仕事でなにか失敗をすると、「自分のすべて」が否定されるような感覚に陥っていた時があった。逆に言えばそのくらい仕事にプライドを持って、一心不乱に打ち込めていたのだと思う。
ただ、仕事で失敗したときの落ち込み具合は最悪で、たかが仕事の失敗だろうが、自分の失敗、極端に言えば人生の失敗と直結してしまっていた。
身体を鍛えていることで、同じ状況になっても「いや、でもランニングがあるしな」「身体鍛えてるしな」と思うことで、落ち込みすぎず、その失敗を取り返すように気持ちが動くようになりやすくなったと思う。し、仕事での失敗を認めやすくなった。(いい意味でプライドが減った。)
まあでもこれは、仕事以外での「自分のことが好き」が増えたことで自己愛が強くなっただけかもしれない(仕事のプライドが相対的に下がっただけ)。
「筋肉がすべてを解決する」という意味がなんとなく分かった気がする。
ランニングは瞑想の時間
ランニングしている話をすると、よく「ランニングの最中、何もできなくて暇じゃない?」と言われることがある。
あんまり暇だと思ったことはないけど、何をしてるのかというと何かをしてるわけでもない。何を考えるという目的もなく、ひたすら頭の中に出てきた有象無象に対して自問自答を繰り返していた。
そんなことをしていると、自分が今何を考えているのか、それに対してどう感じているのか、どうしたいのかの言葉がどんどん出てきて、走り終わったあと、シャワーを浴びてるときに結論づけられて次のステップのことを考えることもあった。
現代、というか自分はスマホを始めとしたメディアが近くにありすぎて、何もできない時間を意図的に作らないと YouTube や SNS を見続けてしまって自分が何を考えているかと向き合う時間が取れなかった。それにランニングはもってこいだった。
実際、12 月は全然走れずに自分と向き合う時間が減ってしまった実感がある。自分のためにも、マラソンの結果のためにも、定常的に一人でランニングできる身体を作っていきたい。
古生物学
9 月にとにかく自分の好きなことに触れてみて、自分の好きとは何なのかを思い出す作業をしようと思いたち、その中で出会ったのが博物館。
最初は滋賀県立琵琶湖博物館に行った。もともと小さい頃から魚や恐竜が好きだったのもあり、非常に面白かった。琵琶湖の歴史・成り立ち、琵琶湖周辺の人々の生活の変遷、琵琶湖に生息する生き物の特徴…などなど、今まで全く知らなかった知識をたくさん吸収できた。
その次の日に福井恐竜博物館に行ったときに、自分の中の少年が出てきた。自分でもわかるくらい好奇心がくすぐられていた。博物館の中にある説明文は隅々まで読み、音声案内も聞き、展示されている骨格標本も細かく観察し、映像展示なども見つくした。開館時間に入館したものの、それでも時間が足りないくらいだった。(行ったことがない方は是非。)
福井恐竜博物館をしっかり見たはいいものの、正直それでも全然理解ができなかった。わからない単語が多すぎた。これを解明したい!という気持ちになり、帰りに博物館の展示図録と、恐竜の教科書を購入した。
恐竜の教科書で体系的な知識を勉強しつつ、近郊の博物館に足を運んだ。博物館によって展示されている骨格標本も違えば、説明の仕方、展示の仕方に個性がでていた。恐竜学自体、まだまだ未解明で曖昧なことも多いので、各博物館の展示の工夫を感じられた。
そんなこんなで勉強を進めていたとき、ふと、恐竜学に検定みたいなのはないだろうか?と思い、調べてみると、第一回恐竜学検定がタイミング良く 11 月中旬に開催されることを知り、すぐに応募した。
恐竜の教科書で体系的な、生物学的な恐竜に関してはある程度詳しくはなった。恐竜学検定の参考問題集を解くと、恐竜学検定ではそれに加えて個々の恐竜の特徴や見つかった化石の特徴について問われる問題も多く、なかなか知らない問題も多かった。(初回は初級 70%、中級 50%程度の正答率だった。※第一回では上級は開催されていない)
正直、生物学としての恐竜(系統分類学や進化論)は非常に興味をくすぐられていたが、個々の恐竜の情報(体長、年代、食性や身体的特徴)にはそこまでの興味はなかった。それでもせっかく恐竜学検定を受けるし、恐竜のことを勉強するなら個々の恐竜のことも知ろうと思い参考書であった図鑑を隅々まで勉強した。どんどん恐竜に対する知見が増えていく、恐竜に関して語れることが増えていくのは久々に感じた楽しさだったと思う。受験前日の参考問題集の正答率は初級中級ともに 100%になるまで仕上げた。
第一回ということもあり、問題の内容が参考問題集とガラリと変わったら正直どうしようもない、中級に至ってはちょっと合格の自信もないなと思っていたが、初級は 90%程度、中級は 70%程度が参考問題集から出題された。応用の問題もそこまで傾向が変わることもなかったので、初級中級ともに 90〜95%程度取れたかな〜という手応えだった。
本番の日、恐竜学検定の会場は小学生低学年くらいの子どもたちで溢れていた。正直、ただ「好き」くらいじゃ受からない知識量を求められるし、ちゃんと暗記する必要があるけど子どもたちは大丈夫なのだろうか…と勝手に心配していたけど受験後のみんなの様子を見ていると自信満々に「受かった」って言っていて、子どもの好奇心に圧倒された。
受験を機に、古生物学の勉強熱は少し冷めてしまっているけど恐竜学を中心とした古生物学や科学に対しての強い興味はあるので、定期的に博物館や科学館は訪れようと思う。
仲間、友だち
前職の友人たち
仕事を辞めたことがきっかけとなり、たくさんの人とご飯に行くことができた。経営をやっていた頃にはなんとなく遠慮して話していなかった話題や自分の感情を正直に伝えられるようになった(し、相手からも今までは聞けなかった角度で話してもらえるようになった)気がした。働いていたときは仕事上の立場とか仕事上の振る舞いで自然とそういうところをセーブしてしまっていた部分があったし、メンバーの話を深く聞けていなかったなあ、とも思った。
特に、今まではプライベートも含め周りは仕事上の付き合いがある人ばかりだったので、仕事での悩みや考えを吐き出す、そんな訓練もできていなかったのかもしれない。
前職の友人の中にも、深いつながりになった人もいる。
一人はパーソナルトレーナーとして筋力トレーニング(と人生)のコーチをしてもらっている。この方はコーチング、メンタルケアの分野も長けていて、日々のいろんな悩みをぶつけたり、どうしょうもない話から学びにつなげてくれたり、自分が持てていなかった視野を広げてくれたりする。トレーニングもただメニューをこなすのではなく、自分の興味に合わせて指導をしてくれるので大変楽しい。マラソン、ランニングのために足りてない筋肉を教えてくれる。筋肉の成長の原理、骨の動き方を理論で説明してくれる。筋肉の使い方も含めて勉強になるので見せるための筋肉の作り方ではなく、実用的な筋肉のトレーニングになっている。実はこの方とご飯に行った時に言われた一言が今の会社にした理由だったりもする。
もう一人は福井の料亭で女将をしていて、自分はその経営をすごく近くで見させてもらっている。もともと前職時代のチームメンバーでインターンをしていた方で、仕事への向き合い方や頑張り度合い、言葉の表現方法や受け止め方、世の中の捉え方に魅力を感じていて、今も仲良くさせてもらっている。日々の料亭で起こっていることや悩んでいることを聞いてその課題をまとめる、なんてコンサルっぽい真面目なこともしながら、お互いに考えていることや最近のもやもやを深堀りあうみたいなこともしている。自分の発した言葉に対して、率直に感想を述べてくれるし、自分では気づかないような疑問・問いを投げかけてくれるので、安心していろいろなことを伝えることができている。この方は言葉、表現、感情の機微を本当に大事にしていて、その結果として他人や自分を大事にできているなと尊敬している。地方の料亭、家族経営という今までの自分の経験からは程遠い場所で挑戦している話は自分にとって刺激的だし貴重な疑似体験をさせてもらっている。

中学の同級生
僕は中学時代はバンコクに住んでおり、日本人学校に通っていたのだけど、そのときの同級生と未だに絡んでいる。といっても、去年までは中学の時によく遊んでいたグループの中の特定の 2 人と年 1 か年 2 くらいで会っていた程度だった。
そんな中、同じグループ内で、就職したあたりから音信不通になった 1 人と 2023 年の夏頃に 4 年ぶりに再開した。そこから意気投合し、今年に入ってからいろんな銭湯に行ったり、意味もなく長距離を散歩したり、二人で料理の研究したり、休日にワーキングスペースにこもって作業したり、この 1 年で共有する時間が多くなり、お互いのことをひたすら語り合うような仲になった。自分のことや自分が興味を持っている事柄を目を輝かせて聞いてくれるし、否定もせず受け入れてくれて、なんならひたすら思ってもいなかった角度から褒めてくれるすごいいいヤツだ。しゃべる内容や表現に気を使わないから一緒にいて非常に楽で、とりあえず思ったこと考えたことは共有したいと思える。多分心理的安全性が高いということだろう。会うときは楽しませてくれる仕掛けや話題を用意してくれているし、自分が追い詰められたときは親身に話を聞いてくれるし、車を出して飛んできてくれることもあった。本人はそんなことないと言っているけど、本当に仲間想いの最高の友だちだ。
もう 1 人、こいつも面白いやつなんだけど、一昨年会社を辞めて YouTuber にチャレンジしていた。結果としては、今年の頭ごろを境に、収益化する前、チャレンジは頓挫してしまった。収入もなくメンタル的にも落ち込んでる状態で、その影響もあって今年はなかなか会う機会も少なかった。6 月頃に久々(といっても半年ぶり)に会ったときに YouTube を諦めたことを聞いたことをきっかけに、また会うようになった。10 月には前述の友人と 3 人で渋谷から舞浜までの 40km 弱を散歩してひたすら人生や価値観について語った。そのあと、生活習慣改善合宿と称して 1 週間ほどうちに泊り込んだこともあった。ちょうどその時は自分も自分に向き合って考え込んでいた時期で、二人で朝早くから夜遅くまで語り合った。こいつは口が達者でしゃべくりで、今までたまにあったときも喋ってる内容をひたすら聞き続けて受け入れることが多かったけれども、このときはひたすら深ぼった(というより自分が深ぼれるように変化していたというのが大きい)。時には「実は価値観の核に触れられそうになると、そこから逃げようとするよね」と伝えるなど、人に触れられたくない部分に迫ることなんかもしたけど、すぐにそれは意図していなかったこと、なぜそうなってしまったかについて話が広がった。そこで決裂するのではなく真剣に受け止めてくれたことは非常に嬉しかった。そのあと、ちょっとした衝突(?)もあったけど、今では前述の友人とともに深い話をする仲になった。
実は生活習慣改善合宿のときに強制的にランニングにも連れ出した結果、その後一緒に皇居ランしたり、12 月のハーフマラソンを一緒に走ったりでランニング仲間にもなった。
久しぶりに連絡をとった知り合い
2024 年、今までの人間関係を精算するうえで、もう一度話したいと思った旧友に何人か連絡をした。
前の自分の価値観のときにふわっと関係が途切れてしまったのは、自分が悪いわけではあるけど、いい人であったのは間違いがないし、今の自分が改めて対面したら全然その人に対しての感じ方や、その人から見た自分の感じ方も違うというのは確信があったので、いささか自分勝手ではあったけど勇気を持って連絡をした。
全員数年ぶりの連絡であったけど快く受け入れてくれた。機会がもらえた人とは、自分が今どういうことを思っているのか、相手が連絡を取っていない間にどういう人生を送っていたのか、今何を考えているのかを話せたと思う。話して感じたのは、まず機会をくれるというだけでやっぱりみんないい人であるのは大前提で、数年ぶりなことを感じさせないほど、違和感なく喋ることができた。数年前の自分を知っているからこそ、そのときにどう見えていたのか、それをどう感じていたのかを伝えてくれることもあり、変わったあとの自分の価値観の中にも過去から変わっていない部分もあることを見つけることもできた。
「怖くないの?」という言葉をもらったけど、「どうせ連絡しなかったらこの先もずっと会わないだけで、連絡が来なくても断られてもずっと会わない事実は変わらないし残るのは『振られた』という事実、自分のプライドの問題。万が一、会えるのであれば人生にとってプラス。」という思いで連絡していた。
これは知り合いへの連絡に限らず、アクションを起こすときに必要な考え方だなと思ったのでこれから大事にしていきたい。
親、親戚
今まで親とは人生や価値観といったそういうたぐいの話をしたこともなければ真正面からぶつかり合うこともなかった。ほんとうにふんわり生きてきた。だからこそ自分の価値観とか他人との境界を意識することもなかったのかもしれない。(たまたまではあるが)休職期間中は親や親戚と話す機会を作ることができた。
その時に、自分が今までどういう事を考えてきたのか、今何を考えているのかを話した。血は争えないなと思ったけど、親も似たような価値観で生きてきていることを知った。似ているとは思っていたけど、「似ている」という言葉で片付けていたものを親が何を考えているかという主語を親にした言葉で聞けて、よりそれを真似てきたというかその背中を見てきた自分を実感した。
あとは、親が自分を育てるときに大事にしてきたこと、意識してきたことを知ることができた。それもまた自分の価値観の形成に大きく影響していることに気づいた。これは親から聞く機会を作っていなかったら絶対に気付けなかったことだと思うので話せて本当に良かったなと思う。(そういう育て方をするとこういう価値観が生まれるんだな、という気付きもあった)
また、今までは本当にそんな時間を作ることなんてなかったのだけど、伯母さんとも二人で話す機会があった。(自分から見たときの)親や従姉妹の小さいときの話、育てている時の話を聞くことができた。成長の過程や現状を知っているからこそ、その価値観で育てていたり、その過程でどういうコミュニケーションがあったのかを想像しながら聞くことができて良い時間だった。
他にも、今まではなにか気恥ずかしくてあんまり真面目な話をすることがなかった従姉妹が東京に引っ越してきたことをきっかけに、お酒を飲みに行ったり、ご飯を食べに行ったりして仕事・生活の話をすることができた。
今まで遠慮は全くしていなかったので居心地が悪いなんてことはなかったけど、心をひらいているようで開いていなかった。親、親戚と、こうした真面目・真剣な話をできるようになったのも大きな進展だったなと思う。
大学時代のバイト仲間
大学時代のバイト仲間はほんとうにみんないい人だなと改めて思った 1 年だった。数年しか在籍していなかったけど、企業の理念が浸透しているのを実感した。「聞いて聞いて」というスタンスでみんな人の話を聞くのが上手い。人の発した言葉を受け入れ、それをその人の価値観で解釈しようと対話してくれる。あとは、デリカシー、モラルが一致している。受験というものを一生懸命やっていた、という経験は大きいのかもしれない。
現職のみんな
7 月に入社したあと、9 月に休職したあと、11 月に復帰したあと、12 月に出社しはじめたあと、それぞれのタイミングで本当にお世話になった。
前の記事で書いた通り、現職のみんなは自分や事業、会社に本気で向き合っている人たちが多く、本当に尊敬している。
12 月に出社を開始してからというもの、みんなの純真さ、真っ直ぐさ、素直さに刺激を受け続けている。
仕事でもプライベートでも仲良くできればと思っている。
最後に
こうして振り返ってみると、ほんとうにいい仲間と巡り会えているんだなと感じた。
それを自分の振る舞いによって無碍にしていたことに気付けて、それにとても反省している。
今近くにいてくれている友人はもちろん、今後できる友人は今まで以上に大事にしようと思う。
ちなみに、今回価値観が大きく変わった中で、人間関係の整理もしようと思っている。
なんとなく今までの価値観で生きてきた自分が好きな人は離れていくだろうし、自分もその人と仲良くできる自信もない。だからこそ、本当にその人ともう仲良くできないのかを確認したくてもう一度会いたいと思ったのかもしれないし、話したいと思ったのかもしれない。
今年は去年見つけた新しい趣味、価値観、友人を大事に生きていこうと思う。
appendix. 記録
マラソン
- 2024.09.29 信州駒ヶ根ハーフマラソン 2:28:36
- 2024.10.27 横浜マラソン 4:51:20
- 2024.12.21 東京都北区赤羽年の瀬マラソン 2024 2:12:45
ウォーキング
- 2024.04 100.05km
- 2024.05 233.94km
- 2024.06 39.04km
- 2024.07 9.09km
- 2024.08 7.05km
- 2024.09 23.00km
- 2024.10 95.11km
- 2024.11 34.66km
- 2024.12 5.41km
ランニング
- 2024.05 20.46km ave.7’35”km
- 2024.06 5.16km ave.6’40”km
- 2024.07 54.58km ave.7’35”km
- 2024.08 16.98km ave.7’25”km
- 2024.09 75.18km ave.6’52”km
- 2024.10 200.51km ave.6’28”km
- 2024.11 118.67km ave.6’02”km
- 2024.12 21.08km ave.6’26”km
博物館
- 滋賀県立琵琶湖博物館
- 福井県立恐竜博物館
- ミュージアム鉱研 地球の宝石箱
- 東京国立博物館
- 国立科学博物館
- 多摩六都科学館
- 北区飛鳥山博物館
- ミュージアムパーク 茨城県自然博物館
- 地質標本館
- 板橋区立教育科学館
- 神奈川県立生命の星・地球博物館